月夜見
 残夏のころ」その後 編

    “GWにて”



すぐ前の冬が結果として“暖冬”だったせいか、
その始まりの行ったり来たりが随分と意地悪な印象があった春も、
桜の季節が北上するのに合わせて、
それなりのうららかさが何とか落ち着いて。
進学や就職という格好で新しい生活へ飛び込んだ顔ぶれへは、
足場や環境へ何となく馴染んだ頃合いに
一息ついたら?というインターバルみたいにやって来るのがGWでもあって。

 「そうは言っても、稼ぎどきでもあるから、
  俺らは忙しいばっかだがな。」

小規模ならではで手を尽くして丹精に育てられた新鮮野菜を
農家を直接回って仕入れたうえで、
産直スーパーとしてお値ごろ販売しておいでの、
こちら“レッドクリフ”は、GW中も連日無休で営業しており。
年齢不詳な精悍さと愛嬌とで人気の店長様も、
特売の目玉、10個99円という卵パックや
1斤88円という激安だけど 美味くて評判の
自家製食パンの入荷にてんやわんやのバックヤードにて
ほらほら人手はいくらあっても足りないんですぜと誰か様から尻を叩かれ、
何度も何度も搬入用のケージ型台車を押して往復するというお務めを果たしてから、
やっとのこと、2階の店長室で一息ついておいで。
始まりの4月末こそ、不意打ち的にぐぐんと冷えたが、
それ以降の昨日今日なぞ、お天気に恵まれたこともあってか、
公式発表の“夏日”を越えて 30度まで達するんじゃなかろうかという暑さに襲われている。
遠出に連れってってもらった子供らには幸いだろうが、
渋滞に巻き込まれの、子供らと木陰へ避難した家族の代表として行列にならばされの、
お父さんたちには通勤と変わらぬ難儀が待ってる日々かもしれずで。

 「そんな言いようは
  独り者の僻みにしか聞こえないなんて言われちまいますよ?」

いい汗かいたと絞ったミニタオルで 首周りや赤い髪の降りる額などなど拭いつつ、
眼下の駐車場を窓から見下ろし、
そんなお言いようとやら、副店長相手にこぼしておれば。
聞き覚えのあるお声が割り込んで来て。
おやと開けっ放しになっていた戸口の方を見やれば、

 「何だ、サンジじゃねぇか。」

ちょっと汗ばむお日和に合わせたか、
生成りの浅い色も爽やかな麻のベストスーツで決めておいでの、
近所の輸入雑貨店にて
こじゃれた軽食や香ばしいコーヒーを提供している
金髪痩躯のお兄さん。
当店の店長とは叔父甥の間柄でもあり、
同じような間柄、つまりは従弟にあたるルフィさんへの
ちょっかい掛けにでも来たものかと見透かしたシャンクス店長、

 「ルフィなら居ねぇぞ。」
 「おや、珍しい。」

日頃のバイトはもとより、
こういういかにも売り出しに惹かれたお客さんが多い頃合いには、
看板娘、もとえ、
客寄せパンダ的に、店頭販売員にと駆り出されるのが常の坊ちゃんなのに。
ここに務めておらずとも、そういう段取り しっかり把握されている、
それだけ目立って可愛い、元気者の坊ちゃんが居ないなんてと。
意外や意外とでも言いたげにやや大仰に驚いた顔を作るサンジだったのへ、

 「何だ何だ、売り子に引き抜きにでも来たか。」

壁際の書類整理用のスチールユニットの上、
無造作に置かれてあったコーヒーメーカーから、
人数分のコーヒーをつぎ分けて。
デスクまでを大きな手で器用に運んできたベックマン副店長が
そちらも茶々入れだろう言いよう、いいお声で混ぜっ返せば、

 「いえいえ、滅相もない。」

まさかそんなとかぶりを振ったうら若きシェフ殿。
提げてきた麻のトートバッグから大きめの紙袋を取り出し、
サニーレタスとあらびきソーセージにスプラウトのオープンサンドと
フライドポテトにクロワッサンのドーナツというというランチセットを進呈する。
坊やへの差し入れだったら、もっと甘めのメニュー、
それこそハチミツでも垂らしてそうなパンケーキや
ベーコンを挟んであっても
照り焼きハンバーグも同居するベーグルサンドだっただろうから、
ルフィが不在なのははなから知ってたらしい彼であり。

 「ルフィは“銀嶺庵”の藤祭りの方へ出張だ。」
 「ああ、レイリーさんとこの。」

日頃のお三時から かしこまった進物用まで
それが大福やきんつばでも 何処に出しても恥ずかしくない和製甘味で有名な
上製和菓子の老舗のことで。
本店や店主の住まう母屋からちょっと離れた別邸にあたる
いわゆる隠居所の方で、
この時期“藤祭り”という集いが毎年催されており。

 「藤の花もきれいだが、
  そもシャッキーさんのお誕生日でもあるんすよねvv」

 「女のこととなると詳しいね、お前。」

主人である老師の世話役、ちょっぴり婀娜な女性が同居しており、
そんな彼女の名前の由来だからか、
やはりこの時期に麗しく咲くシャクヤクの花も丹精されているのだが。
さすがにそれを前面に押し出すほど臆面もない方々ではなくてのことか、
庭の一角にしつらえられた藤棚に席を設け、
近所の子供らや親御を集め、
子供の日の祭りも兼ねてのチョットした祭りごとをにぎにぎしく開いていたものが。
気がつけば、近隣の町々からも人が集まるほどの規模にまで育っており。

 「席といったって堅苦しい茶の湯の席とかじゃあなし、
  出される菓子は銀嶺庵からの持ち出しだし、
  知り合いの若いのが飲み物やら屋台やら設けてくれるので、
  最近じゃあ町内会のフェスティバルみたいになってるらしくてな。」

 「…それって大きいんだか小さいんだか判りにくいんスけど。」

玻璃色の双眸をやや眇めて、微妙な顔になる金髪のシェフ見習いさんへ、
ハハハと軽快に笑って見せてから、

 「子供たちが退屈しねぇようにって、
  例年恒例の出し物もあるそうだぞ。
  すぐご近所の幼稚園児のおうたにお遊戯、
  ルフィは柏餅や粽の早食い大会に出るそうでな。」

そういえば、連休最後を飾るのは“子供の日”だ。
ルフィ本人のお誕生日でもあるのに、まあまあ働き者だねぇと感心しつつ、
出されたコーヒーの意外なほど深みのある味わいに
口許がほころんだサンジだったが、

 「あと、学園祭で着たっていう真田幸村の武装をまた着て、
  ちょっとした寸劇もやるらしい。」

そうと続いた言い回しへは、うっとむせかかったのも
ある意味、立派なお約束。というのが、

 「…もしかしてあの剣道兄ちゃんも一緒ですかね。」
 「そうじゃねぇか? レイリーさんとはその剣道で知り合いらしいしな。」

差し詰め、伊達政宗と並び立って、
歴女やコスファンのお嬢さんたちをキャーキャー言わすとかと、
微妙に専門用語の多い言いようをシャンクスが持ち出すものだから、

 「宣伝も行き届いてんでしょうね、さぞかし。」

成程なぁ、だからこちらのお兄さんがさほど悔しそうではなかったかと、
面白がっておいでなオチへ、やれやれと苦笑交じりになってしまったサンジだったものの、

 「おうよ、らいんとかいうので拡散されまくりだって話でな。」
 「店長、ひらがなですぜ。」
 「うっさいよ、お前は。」

相変わらずな掛け合いが続いたそのあとで、

 「まあ、そっちで募金箱 置くらしいって話だし。」
 「お。」

何も仮装大会になったのは無理強いではないようだぞと言いたいか、
サンジがやれやれなんて杞憂したところを、
そんなんじゃないらしいと覆して差し上げる叔父様で。

 「こっちでやるのとは
  商売が絡んでない分 励み甲斐もあるって思ったんじゃね?」

同じ客寄せでも、こちらでも募金を募っていても、
こっちだと、そのままお買い物にもお寄りをと運んでしまう。
それがない分、100%ボランティアだと張り切ってるらしいぞなんて、
言われずともそのくらい察していたらしいシャンクスさんが、
ククっと短く笑って見せて、
この暑い中、結構本格的な作りだった武者ぞろえ、
着込んで頑張っておいでの甥っ子へ、
エールを送るよに空を見やった、GWの昼下がりだった。





  〜Fine〜  16.05.02.

背景素材、お借りしました euphoria 様


 このたびの熊本地震で被災された皆様、関係者の皆様に、
 心よりお見舞い申しあげます。
 一日も早く、元通りの平穏な日々が戻って来ますよう、
 ご健康に留意してお過ごしくださいますように。
 

 *お誕生日の話にするつもりでしたが、
  お元気坊や、GWの賑わいに駆り出されるの図になっちゃいまして。
  だったら 飛び切り励むんじゃないかという格好に。
  お手伝いにと現場に行くのはかなわずとも、
  募金は勿論、
  名産品を買うのも、復興中の観光地へ行くのも、
  それなりの支援だと思います。
  遠くて現地まで行けないと歯噛みしないで、
  出来ることから応援しましょう。
  


ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

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